うつ病になったことはあるだろうか。
厚生労働省によると、「生涯に約15人に1人がうつ病を経験している」という統計が出ているらしい。数字で聞くとピンと来ないけど、思ったより多いのは確かだ。
そして、かく言う僕も数年前に「不安障害」と診断された一人である。どうやら僕のはうつ病ではないらしいが、何が違うのかよくわからない。それでも病名がつくと、妙に自分のことが他人事のように感じてくるから不思議だ。
さて、話は昔に遡る。僕は周りが都内の大学を目指す中、地元の大学に進んだ。理由は単純で、近いから。そして心理学を学びたかったからだ。心理学に興味があった理由も、自分の気持ちに向き合うためというよりは、ミステリー小説が好きということと、自分の人生で選んできたさまざまな選択肢をいつか振り返りたかったからに過ぎない。
大学の心理学部では、メンタリストDaiGoみたいな巧みな話術を学べるかと期待していたが、実際にはひたすらアンケートを取っては数字とにらめっこ。まるで想像と違っていて、途中で「おかしいな」と思いながらも卒業した。
社会人になり、最初の頃は仕事を覚えるのに精一杯で、自分の心のことなんて考える暇はなかった。だけど、仕事が軌道に乗り、少しずつ日常に余裕が出始めたある日、急に世界が変わって見える瞬間がやってきた。
その日、いつものように大好きなデリバリーピザを注文したのに、届いたピザがどうしようもなく怖く見えたのだ。トライポフォビアという、密集したものを見ると気持ち悪くなる症状があるが、まさにその感覚に近かった。その夜から「なんか変だな」という感覚が拭えず、ついにメンタルクリニックへ行くことにした。
心の病を自分で診断するのは難しいものだ。まして僕は心理学の勉強をして、アンケート調査なんてやってきた側である。「普通の心理療法とかアンケートじゃなくて何か違う療法で治して」と先生に無理を言った。結局、僕は担当の先生との長い長い対面カウンセリングを通じて「不安障害」という病気だと判明した。診断を聞いた感想は「なんだ、意外と普通なんだな」というあっけないものだった。
それから薬が処方されたが、特に赤文字で「頓服薬」と書かれた袋が印象に残っている。実感が沸かずに薬を飲まずにやり過ごしていたけど、ある日また異変がやってきた。帰り道でふと見上げた電線が突然怖くなったのだ。ピザのときのように「近寄りたくない」という気持ちと恐怖がこみあげて、帰り道はひたすら下を向いて歩き、家に帰るなり限界が来て、気持ち悪さで嘔吐した。それから、初めて頓服薬を手に取ったのを今でも覚えている。
こうして今も、不安障害と共に日々を過ごしているわけだが、昔に比べると理解してくれる人も増えた。会社では「元気に見えるのに」「男なんだから」なんて言葉もあったけれど、そういう時代も少しずつ変わってきたと思う。ふと病気のことを考えたとき、「どうしても分かり合えないものなんだな」という諦めも湧いてくるけれど、毎日飲む漢方も忘れないようにはなったし「普通」に生きていくのには慣れてきた気がする。
冒頭に書いた「生涯に15人に1人」という数字も、実際は周りの誰かが既にその1人になっているのかもしれない。前のように今でも分かってもらえないことがあるし、悩む日もあるけれど『日々なんとか生きていくこと』それがこの病気との付き合い方なんだと、今は少しずつ納得してきている。
これからも、自分と他人を混同させないように、自分は他人を考えすぎないように、他人が自分のことを考えてると思い込まないように、ゆっくりマイペースに生きていこうと思う。